大切な
――彼は、楽園を探した。 降り続ける雨。崩れ落ちた建物。 涙なんて流せないはずなのに、頬を伝う雨が錯覚させる。 崩れかけた石壁につと手を伸ばすと、それはガラガラと音を立てて崩れた。 「……。」 まるで自分が全てを壊してしまったように思えて、その石塊から目を逸らした。 折り重なる沢山の死体。魂を抜かれた建造物。 空を見上げた。 雨で、目を開けることは出来ない。けれど、雨が全てを洗い流してくれるような気がして。 水が頬を、首を、腕を、伝った。 『――ねぇ、”○○”』 「!」 どこか幼さの残る少女の声。 驚いて振り返ると、其処にはただ、崩れ落ちた建物があるだけ。 「……。」 色々なことが重なって。色々なことが悔しすぎて。悲しすぎて。 ただ彼は奥歯を強く噛んだ。 叫ぶべき言葉も見つからなかった。 発達しすぎた文明が『憎い』。 ただ一人満足して死んでいった国王が『憎い』。 何も知らずに死んでいった娘が『憎い』。 「弱い私も憎い……」 呟いた言葉は雨とともに地に落ちる。 何を言おうとも、何を叫ぼうとも、彼のその言葉を耳にするものはいなかった。 ただ、崩れ落ちたかつての『栄光』だけ。 苦い土の『味』。錆びた鉄の『味』。 今更気付いたが、それは自分のものではない。 笑うことも泣くことも出来ないまま、『彼』は歩を進めた。 彼が愛しそして憎んだ、その場所から逃げるように。 強い風がその場から逃げることを赦すかのように、彼の背を押した。 振り返ることも無く、ただ彼はその場を後にした。 ――悪魔のように黒い服を身に纏って。罪無き囚人に身を窶して。 そして彼は、『楽園』を探した。 そして、気が遠くなるほどの時が過ぎた。 |