深い深い海の底のような静けさ。
乾いた目に沁みる群青。
僕はそんなものが欲しいと思った。

でもそれが近くにあることを知らなかった。



「何、どうしたん」

ひょいっと、惣が邑の顔を覗き込んだ。
ふわ、と微かに、風が邑の髪を揺らす。

「……別に」

ふるふると首を振って、溜息を一つ。
顔を上げないのは、空が眩し過ぎるせい。

「ふーん……さっきから見てるコレは?」
「予定表」

惣は目が悪い。
そのくせ、眼鏡をかけるのを嫌がる。
だからいつも目を細めてものを見るのだ。

「……に、何、……邑、どこ行くの」
「東京」

強い風が吹いて、草木がザァ、と会話するように音を立てた。
惣は驚いたような顔をして、邑の手の中にあった予定表から、邑へと視線を移した。

「何で」
「別に、……田舎、嫌いだから」

何となく、惣の様に目を細めて言った。
横長の視界に入ってくる光は、余りにも少ない。

「何、莫迦なコト言ってんの」
「悪い、本気」

ああ、惣の見ている世界はこんなものなんだ。
他に何か彼が言ったような気がしたが、邑は聞いてはいなかった。
何となく、身体がだるい。

「邑!」
「……ん」
「何時」
「明後日。朝早く」

言った瞬間、頬に激しい痛みを感じた。
ゴッ、という鈍い音と壊れたピアノのような耳鳴りが聞こえる。

「……。」

頬に手を当てると、其処だけ焼けたように熱かった。
そして気が付いた。惣が泣きをうな顔をしているのを。

「黙って行ったら許さないからな」

そう言って、惣は走って邑から離れていった。
まるで追いかけろといわんばかりに、風が邑の背を押している。
……何となく、身体がだるい。

「嘘、本当は今からなんだ」

一人、呟いた言葉が風に乗って惣の所に届いたかどうかは、彼は知らない。






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