1.


……暗い。
光り輝く天界――神霊界で、ここは唯一許された闇の生きる場所。
そしてここは、大総霊メールの住まう所でもあった。

「………。」

ふいと俯いていた顔を上げると、閉じた扉から微かに光が入ってくるのが分かる。
外は、明るいのだ。
時折行き交う神霊達の話し声や足音が聞こえる。
どれだけ、自分も外に出て、同じように部下たちと話して、このトルースを見て回りたいか。
どれだけ、彼等の笑顔が見たいか。
羨ましくもあり、悔しくもあった。

「………っ」

ひゅっと喉の奥で空気が鳴る。
途端、深くから出る嫌な咳が暗闇に響いた。



「……。」

数分経って、咳が収まったと同時に、手のひらにぬめり、とした感触を感じた。
予想はしていたが、それは彼女を絶望に陥れるだけに十分であった。
……紅い、鮮やかで……それでいて闇の黒さを持った、”それ”。

「……。」

目を閉じると、そのまま開くことが出来ないかもしれないという恐怖に襲われて、しばらく目を開けたままだった。
乾燥して目が痛い。閉じると、本当の闇が目の前に広がった。
心地が悪い。闇というものは本当に心地が悪い。
……けれど、目を開くことが出来ず、メールはしばしその闇の中で漂った。

(……あと半年、保つかどうか……私の時間は、もうそんなにも少ないのか)


ギイ、と木製の扉が開く音がした。
いつの間に眠っていたのか、まどろむ意識の中でそれを聞いた。

「……日薙?」

聞きなれた声。
少し幼さの残るその声は、確かに。

「どうした、月夜見」
「いや……別に、特には」

ふわ、と青いマントを風に遊ばせながら自分の元に歩み寄る銀髪の少女。
頬と額に赤い筋のような模様を持つ彼女はしかし、表情を翳らせてメールに近付いた。
同時に、パタン、と微かな音を立てて扉が閉まる。そうして室内にまた、暗闇が戻ってきた。

「……どうした、じゃないよ……また」
「気にするな」
「そんなことできる訳ないじゃないかい!君は――」

静かな室内に少女の声が響く。
荒らげた声は、妙なほど落ち着いた声に遮られた。

「やめとけ、アリア」

そう言いながら、もたれていた壁から離れ、暗闇からすっ、と姿を表す。

「葎色」

葎色、と呼ばれた青い肌の少年はただ、溜息をついただけであった。
何で落ち着いていられるんだ、と心の中で毒づいて、月夜見はメールを見た。

「……。」

目を、閉じている。
そのまま遠くに行ってしまいそうで、思わず月夜見は彼女の服を掴んだ。

「どうした」
「……。」

ぎり、と音がなるほど強く奥歯を噛む。
何も出来ないことが歯がゆい。

「アリア。そいつは……もう死ぬ覚悟してんだ。俺等に何が出来る?……何も出来ないなら、せめて意識のある間だけでも、笑っておいてやれよ」
「……葎色」
「部下がそんな顔してるのを見ながら逝きたい奴なんて一人もいねーだろ」

首を横に振って、月夜見は俯いた。
出来ない。作り笑いなんて。
メールの服を掴んでいない方の手を、硬く握り締めた。









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