3.

空の塔、と呼ばれる、ニウェルが幽閉されていた塔から数時間。
歩き続けて二人は今は暗く湿った森の中にいた。

「本当に何処行くんだ、フィミュー?」
「さ、あね。お前はどうせ何処でもついて来るんだろ」

ふーっと長く息を吐いて、フィミユは立ち止まった。
無意識のうちに手が動く。

「どうした?」

沈黙。
フィミユの姿勢が低くなったのに、ニウェルは気付かなかった。

「……死にたくなけりゃ、黙ってなよ」

押し殺した静かな声。
気付けば、フィミユは自分の背ほどの大剣に手を掛けていた。
普段は背負うようにして持っている、鞘も無いそれ。
その白くて歪な形をした剣の、柄に彼が手を伸ばしたのを、ニウェルは初めて見た。

「何」
「うるさいなああ……お前の追っ手だ、馬ー鹿っ」

そういえばどことなく、誰かがいるような気配がする。

「来いよ……隠れてないで」

瞬間。

草むらや建物の陰から飛び出してきたものが何か判別する暇も無く、それは形を崩して地面に倒れ伏した。
ひゅん、と大剣が風を切る音が聞こえる。
同時に、肉を切り裂く音も。

「う……わ」

視界が赤に染まる。
余りの気持ち悪さに近くにあった建物にもたれかかると、視界が薄暗くなった。

「っち!」

フィミユの声が聞こえたかと思えば、次の瞬間には足元に事切れた人間の姿。
宙を舞う紅が、ニウェルの服や腕も染める。
ぽた、と頬を、腕を伝って紅いものが地面へと滴っていった。

「……っ」

ひっ、と喉の奥で空気が鳴り、無意識のうちに足が後ろへと動く。

「逃げるのも無理なのか、よ、役立たずがっ!!」
「!」

フィミユの鋭い声。
言いながら目にも止まらぬ速さで大剣を振り下ろす。

一瞬遅れて、肩を切り裂かれた剣士が絶叫しながらその場へ崩れ落ちる。
血が、雨のようにフィミユに降りかかった。

「フィ、ミユ……」

少年は無言で剣を振るう。
ざしゅ、という何とも気持ちの悪い音の後に、鮮血が宙を舞う。
血に染まるのも構わず、ただフィミユの目には敵方の剣士しか映っていないようだった。

恐怖と嫌悪で蒼白になった肌に、赤が映える。
自分の掌を見て、ニウェルはそう思った。
掌が震えて見えるのは、自分が震えているからだろうか。それとも。

「何、ぼーッとしてんの」
「……え」

ハン、と笑ってフィミユは腰から掌より少し大きいくらいのサイズのナイフを抜いた。
それをすとニウェルに差し出して、笑う。

「まさか……お前、僕だけにこんなことやらせるつもりじゃないだろうね?」
「フィ、ミユ……」
「ホラ、僕だって疲れてるんだ」

笑んだまま首を竦めて、大袈裟に溜息をついてみせる。

「あぁ……そうそう。死にたいならいつでも言ってね。僕が殺して上げるから」
「っ!!」

くすくす、と嫌な笑い方をして、またフィミユは剣を振るい始めた。
そしてまた、血の雨が降る。

「……無理、だ……!」

自分の手に残されたナイフ。
鈍く鉄色に光る刃は、まだ使われてもいないのに血に濡れていた。



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