5.
冷たい石の牢。 錆びた錠が、風で軋む。 ニウェルは、その音が何よりも嫌いだった。 「……。」 自分の背より遥かに高いところにある窓。 今は夜だから暗いが、昼は日光が差し込んでくる。 けれどニウェルは、それも嫌いだった。 「……しんどい、な……」 「じゃあ、僕が殺してあげようか。あ、痛くないようにするなんて、僕には無理だからね?」 「っ!?」 聞きなれない声にばっと身を起こすと、錆びかけた鉄格子の向こうに少女が立っていた。 ……いや、少年だ。 余りに華奢なので、見間違えてしまうほどの少年。 強風にあおられて消えかけのランプ――この石牢に唯一許された光――の下で、微笑んでいる。 「……誰だ、お前……」 「たまたま此処を通ったらさァ、何だか面白そうな話を聞いてねー。ニウェルって、お前?」 「質問してるのは俺だ」 少年はくすくすと笑って、鉄格子に近付いた。 「僕はフィミユ。……旅人、とでも言っておこうかな」 「………。」 しっかりと、白い手で鉄格子を握って。 「っでさぁニウェル、君……西の民なんだよね?」 「……でなきゃこんなとこにはおらんさ」 「っし、当たり」 にっこりと笑って、フィミユと名乗ったは背負っている何か白いものを握った。 背負っているせいで少年の肩から生えているように見える。何かの骨のような、そんな風に見えた。 「ホラ、離れて。死にたいんだったら別だけど」 「何?」 「離れろって」 言われて、ニウェルは納得いかない、とでも言いたげな表情のまま半歩下がった。 瞬時に、ガキン、という鈍い音が辺りに響く。その音の中、微かに少年の笑い声も。 「!?」 少年の振り下ろした白いもの――彼の身長ほどもある大きさの剣――が鉄格子をあっさりと二つに斬った。 思わず目を見開いて、ニウェルは少年を見る。 「!?……お前」 「あっはははは、何だ、もっろーーい!」 言うが早いか、少年が切れ目の入った鉄格子を蹴りつける。 バキン、と嫌な音がしてそれはあっけなく折れてしまった。 ……少年の狂ったような笑い声に、ニウェルは背筋が凍るのを感じた。 「お前……一体、何の」 丁度ニウェルが通れるほどに鉄格子を壊して、少年はふう、と息をついた。 癖なのか、腕をくるくると回している。 「お前じゃなくてー。さっきわざわざ名乗ったのに」 「フィミユ」 「そうだなー、フィミユでもいいけど、フィミューのほうが僕は嬉しい」 にっこりと笑ってそう言うフィミユは、少年そのものだ。 先程の狂気は、もうない。 「フィミュー」 「何?」 「………。」 黙ったままでいると、フィミユは躊躇いもせずに牢の中に入ってきた。 骨のような剣は、既に背負いなおされている。 「何、言ってみなよ」 「……お前……何の積もりで」 「決まってるじゃない、お前を此処から出すたーめ。何?ここに居たいって言うなら今此処で斬り殺して上げるよ」 物騒なことを言いながら、それでもフィミユの笑顔は子供の笑顔だった。 何となくその不釣合いに、ニウェルは少し戸惑う。 「……どうして」 「別に。興味があったから。」 「……。」 しばし沈黙が、暗い石牢を包んだ。 NEXT |