6.


「よし、三日後にしよう」
「は?」

くるくると腕を回して、フィミユは唐突に言った。
意味が分からず聞き返すと、はぁー、と大袈裟に溜息をつく。

「分からなかった?三日後に此処から出ようって言ったの」
「……三日、ってそんな後……牢も壊れてるんだ、見つかるんじゃ」
「大丈夫大丈夫、下にいた見張りが暫く上には上がらないって言ってたの聞いたから」

にっこりと、笑って。

「さってと。じゃあまた明日。流石に僕は此処じゃ眠れそうもないし」

フィミユは立ち上がり、手で服を叩いて埃を落とした。
その音だけが、しばらく石牢に響く。

「よし、んじゃあ。大丈ー夫、明日もちゃーんと来るから」
「ちょ……フィミュー!」
「バイバーイ。おやすみっ」

トン、と地面を蹴る軽い音が聞こえた。



            * *  * *


「暗いし下も濡れてるから気をつけて」
「え、あ、あぁ……」

夜。
空の塔の周りには街も村も無い。
その上塔自体に全く明かりが無いので、夜になれば動くこともままならなくなるのだ。

一面の黒。手で顔を触ってみても、手が何処にあるのかが分からない。
まして、足など何処を踏んでいるのか、下手をすれば落ちていても分からない。

「ホラ、離すんじゃないよ。足元悪いんだってば」
「よく見えるな」

ニウェルには足元は全く見えない。
それなのに目の前の少年は自分の手を取ってすいすいと迷いも無く進んでいくのだ。

「そう?僕には結構見えてるけど」
「俺には全、く……!?」

ぬめりと。
靴に纏わりつくような濡れた感触。

「何?」
「いや……雨漏りでもしてたのか、此処」
「さぁ?濡れてるけどねっ」

何となくフィミユの声が弾んでいるように聞こえた。
……雨が好きなのだろうか。
ただ、普通の雨水を踏んであんな感触がするのかどうかは、いまいち分からなかった。

「ホラ、行くよ。もたもたしてる時間は無いんだ!」

斜め下にぐっ、と強く引っ張られる。
ニウェルは背は高い方ではないが、それでもフィミユとは頭一つ分以上の背の違いがあった。
15、6歳だろうか。随分幼く見えるが、物腰は落ち着いている。
初めてフィミユに会った時は、そのアンバランスに驚いた。
……今ではもう、慣れてしまったけれど。

「ねぇ……ニウェ。ここ、下に一メートルくらい段になってるんだけど。飛べる?」
「え?……今?」
「うん」

ふわっと、空気が動いた。
フィミユがこちらを向いたのだろう。彼の首もとに巻かれた長い黒布がばさりと音を立てた。

「……足元、悪いんだよな」
「うん」
「朝まで……待つっていうのは?」

一瞬、静寂が二人を包んだ。
そして、

「あーーーーっ、もうっ!!何でそう女みたいに怖がるかなっ!!西の民のクセしてっ!!」
「え、あ、フィミューっ!?」

フィミユが大声を出したと同時に、掌から温もりが消えた。
彼が、手を離したのだ。

「うるっさいなああ!近くにいるじゃない!」
「え、あ、悪い」
「……フン!」
「う……」


こつこつと、靴が冷たい石の床を踏む音が響く。
フィミユが歩き回っているのだろう。時折ドサッ、という何かが落とされる音も聞こえた。

「……フィミュー……何を?」
「別に、歩きやすくしてるだけ。邪魔なんだよ、このゴミ」

そう言うフィミユの声は、少し明るかった。



NEXT
BACK





          戻る