8.


―――太陽が死んだ。
なのに、誰も気付かないんだ。
どうしてだろう。世界はこんなにも暗くなったというのに。

……僕は。


「……さま」

嗚咽。
地面に横たわる、薄い色をした髪の青年。ザアザアと、雨の音が煩い。
視界が真っ白になるほどの雨の中、眠るように目を閉じた青年の前で泣いているのは。
少年。
あれは。

「……ニノヴェ、さま」

……そうだ。
あれは。

「僕、が……いたのにっ!」

僕だ。
白い髪に、赤の瞳……

「ごめんなさいごめんなさい……っ!」

少年の声を掻き消すように雨は降り続く。
その雨が、微笑んでいる青年から血と肌の色を奪っていく。
其れを止めたくて、フィミユはニノヴェの亡骸に泣きながらしがみ付いた。
そうすれば、彼が帰ってくると思っているかのように。




                     * * * 



「………。」

――しまった。
ふと、我に帰って後ろを振り返る。

「……あっちゃー……」

額に手を当てて、無意識にそう呟いた。
――ニウェルが、いない。
全速力で走ってきたのだ、体力もろくにない彼が付いて来れないのは無理もない。
溜息をついて、近くにある大きな木の幹に、背を預けた。

「……。」

走っている間、周りの風景は見えていなかった。
ただ見えていたのは、随分昔の記憶。

「ニノヴェさま……」

薄い金色の髪、緑の瞳。
少年が慕った彼は、もうここには居ない。

「……違う、あいつは違う……」

ふるふると首を振って、フィミユは空を見上げた。
木の葉が邪魔をして、空は見えない。

「……ニノヴェさま」

ずるずると背を木の幹に滑らせて、そのまま座り込んだ。
ニウェルはまだ来ない。道にでも迷っているんだろうか。
立てた膝に顔を埋めて、流れてこないはずの涙を拭った。

「いない……いないんだ」

あの人は、もう――
強く拳を握り締めて、フィミユはそう自分に言い聞かせた。



「……っ、フィミュー!」
「!」

ばっと顔を上げると、そこには。

「ニノヴェ、さま」
「……は?どうした」

思わず立ち上がって、肩で息をしているニウェルの服の端を掴んだ。
金の髪。緑の目。……余りにも似ている。

「……ニ、ウェ」
「全く……あんなに走っていくことないだろ……疲れた」
「……。」

ニウェルに気付かれないように奥歯を噛み締めて、首を横に振った。
そうして、ずれたマントの位置を直してまた歩き出す。
――今自分はどんな顔をしていただろう。ちゃんと笑えていただろうか。
何となく悔しくなって、ぎゅっと堅く目を閉じたまま歩いた。
目を瞑っていてでも歩ける、それほどこの森はフィミユの慣れ親しんだ森だった。
……正確には、ニノヴェが。

「フィミュー……休むって言う選択肢、は」
「あるわけないじゃん」
「……はぁあ……」
「さ、行くよ」

言って、フィミユは歩き出す。
そよ風が二人の髪をすり抜け、木の葉と戯れながら過ぎていく。
少年の背が何となく寂しげに見えたのは気のせいだろうかと、ニウェルは暫し考えて、その後を追った。




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