9. 少女と青年が、其処に立っていた。 町外れの墓場。忘れられてしまったのか、墓を参りにくる者はいない。 祈る者を無くした墓の前で、その少女は、嘲った。 怖いほどに美しい笑みで。 「こうなるとあるだけムダじゃない……ネ」 くすくすと小さく笑って、白髪の少女は足元の墓標を蹴った。 鈍い音を立てて、躊躇うように其れは倒れた。 「アゼ……」 「なーに?」 微笑んだまま、アリゼルは振り返った。 髪が灰色の空気に溶け込む。白い髪、白い服……血塗れた赤い瞳。 白と黒で構成された彼女は、モノクロの世界に影のように溶け込んだ。 一瞬、目の前にいる筈の彼女を見失って、フューはうろたえた。 軽く首を傾げながら、アリゼルが近寄ってくる。 伸びきった草や折れた木の枝などで足元は悪い。然し彼女は足音一つさせなかった。 「……フュー?」 「あ、いや……見失って」 「私を?……頑張ってヨ」 虚ろな目で微笑んで、くるりと踵を返す。 白髪が、ふわと宙を舞った。 「……。」 溜息を一つ落として、フューはその数歩後ろを歩いた。 一人分の足音が、耳が痛いほど静かな墓場に響く。 「あ」 「……ん?」 はたと立ち止まって、アリゼルは東方に見える一つの墓を指差した。 「アレ、見える?あの、やけに黒いの」 「……色は分からないけど、見える」 「あー」 少女は振り返って、フューの目を覗き込む。 白と紫の瞳。色の抜けた彼の瞳には、それは映らない。 「そっか、そうネ。色はつけて上げなかったんだよネ」 「……。」 クス、と小さく笑って。 「つけて上げれば良かったなぁ、アサハがあんなになっちゃうなら」 「っ……」 「比べてるワケじゃないヨ」 にこりと微笑んで、アリゼルはまた歩き出した。 彼もまた数歩後ろを歩いたが、何となく身体が重くなったように感じた。 「……Ni-nove=E-l-sion……コレだ」 「……。」 少女は嘲う。虚ろな瞳に狂気の光を宿して。 アリゼルが見ているのは、まだ少し新しい墓。 色褪せたほかの墓とは違って、少し暗い色をしている。 くすくすと笑いながら、つと墓に手を置いた。 「久しぶりだネ、泥棒サン。『極楽』はどう?楽しいかしら」 ひやりとした、死者の冷たさが伝わってくるのが分かった。 「3812年……まだ1年しか経ってないのネ」 不意に、アリゼルはフューを見てにこりと笑った。 「ねぇフュー。私が死んだら1年で立ち直れる?」 「……は」 「だから、立ち直れるかってー」 「無理だな……多分」 笑顔のまま彼から視線を外して。 「だろうネ。……じゃ、アサハは結構頑張ったんだネぇ」 「アゼ……」 「だから、比べてるワケじゃないヨって」 虚ろな瞳で微笑んだ、その表情のまま。 「アサハは必ず此処に来るヨ。……必ずね、私が行かなくても」 「……。」 ニノヴェ=エリシオンの墓を見つめて。 小さく呟く。 「母親だもの、ネ……」 少女は嘲う。 虚ろな瞳で。 NEXT BACK |