5.


白い、白い世界。
寸刻前に止んだ雪は、地に降り積もって辺りの温もりをこれでもかと奪っていく。
雲に覆われた曇天の空からは、何の暖かさも感じられなかった。

丁度森の中央、この冬を越すための薪になったのだろう、人の手で切られた樹が無残な切り株を露にしている開けた場所。
そこで、迷う事無く続いていた足跡が躊躇するように動き、止まり、回転してまた、前方へと逃げていった。

……小さな足跡を残したまま、大きな足跡だけが。

遠く、遠く、冷たい雪を掻き分けて消えていった大きな足跡は、真っ直ぐに伸びて、そして視界の外へと消えた。

置き去りにされた小さな足跡は、うろたえてただ色々な場所に靴の跡を残す。
大きな足跡を消す雪の上に、樹の下に、切り株の上に……捨てられた足跡は、当て所無く彷徨い続けていた。


そして。

葉を凍らせた針葉樹が茂る、樹の密集した場所。
先の開けた場所からはかなりの距離がある場所。

その、何時人が入ったか知れない、人にも神にも見捨てられた森の中。

地に身を投げ出し、横たわった小さな子供の姿。
眠っているように見えるその姿、それとは逆に苦悶に満ちたその表情。
捨てられた子供のその体は、いつ魂が抜けたのか、既に凍るように冷たくなっていた。

最後の言葉か、小さく稚い子供の指の先、雪の上にはすこしたどたどしい字でこう書いてあった。

おかあさん




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