7.


小さな村。名前すらない、地図にすら載らない、本当に小さな村だった。
冬は雪に埋まる。夏は耐えがたい暑さという、人が住むに適しているとは言い難い土地。
冬の今、木と藁で造られた簡素な家々は雪の重さに押しつぶされそうに見える。
この極寒の地、人々は抱き合い、火を熾して地獄のような冬を越えるのである。

五つほどの家族と家が寄り集まった、村と呼ぶにも何か違う、ただの人々の集まり。
そこに住まう者の人数が少ない分、ほかの者の家庭状況は筒抜けである。
そして今、一夜にして姿を消した母子の行方が捜されていた所だった。

「可哀想にねぇ……まだ十歳にもなっていなかったと言うのに」

土の上に大人の頭ほどある大きさの石を乗せ、周りに小石を並べて花を添えただけの簡素な墓。
その墓の下には、深い森の中、埋もれるようにして横たわっていた小さな子供の体が納まっている。
あちらこちらで聞こえる、子供の死を悼む声以外は、何の音も聞こえてこない、静かな夕暮れだった。

朝、母子が居ない事に気付き、捜索を初めて十二時間程度。
足を踏み入れることの無い地に倒れた子供はもう固く冷たく、命があった頃の温かさは無い。
そして子供の、簡単な葬式を済ませた今でも、母親の姿は見つからなかった。
……何故。生活には皆苦労しているが、子供を捨てるほどではないはずだった。
そもそも、この深い雪の中、身一つで何処まで行くと言うのだろう。
住人のいなくなった家からは、いなくなったというのに、物は何一つとして消えてはいなかった。

「この子には夢も希望も……全てあったのに……」

村の人数が少なければ、自然とそこにいる者達の絆は深くなる。
まだ幼く稚い子供を失った悲しみは、村全体に急速に広がった。

簡素で小さく、それでいて沢山の哀れみと悲しみと愛情を込めて造られた墓。
花など咲かない時期だというのに、何処からか集められた白い花で埋もれた墓石には、小さく、綺麗に列を揃えて言葉が彫られていた。


大地から与えられた身体は 大地に還り

空から与えられた魂は 空に還る

もう誰も

彼を喜ばせる事は出来ない

彼を悲しませる事は出来ない

彼の魂は安息の地へと旅立った

大地から与えられた物を

ただ大地に還すのみ

我らが愛した者の眠る証

永遠に続く安息の証


嵩月 此処に眠る  没年八歳


細かく細かく掘り込まれた傷のような文字は、暮れていく日に、深まる闇に飲まれて、見えなくなっていった。
誰もいなくなった場所。一度強く吹いた風が、添えられた白い花を乱して、雪の中へと飛ばしていった。



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