そこには、僕じゃない僕が立っていた。
恐怖と気持ち悪さで声も出ない僕に笑いかけるもう一人の僕。
髪の色も目の色も着ている服も、全部僕と同じ。
よく似た双子のような、……もう一人の僕。
血にまみれて……残酷な冷たい笑みを浮かべている、僕。
人を殺すことが快楽だと感じているようなその笑顔。
「幸せになりたいんだよね」
僕にとっての幸せってなんなんだろう。
僕にとっての幸せ。
……それは何?
僕にとっての幸せってなんなんだろう。
僕にとっての幸せ。
それは何?
そんな台詞がずっと頭のなかで回り続けて、僕は自分が見えなくなっていたのかもしれない。
いつの間にか……気が付けば、僕はそこにいる少年を見ていた。
もう一人の、僕の姿を……
彼の足下には死体が転がっていて、その死体には首がなかった。
だが、首から上はすっぱり切られたと言うよりも、ちぎられたという方が正しかった。
地面には赤い絨毯を引いたように血が広がっている。
赤黒いその色は僕の目に焼きついて離れない。
「……あ」
震えて、よううやく僕が絞り出した言葉がそれだった。
「……幸せ?」
もう一人の僕が呟いた。
「……嫌っていた人間が死んでるよ。幸せ?」
僕に問いかける。
「……そんなこと」
……そんなことない。
僕は答えることが出来ないまま、立ちつくした。
確かに人間全部、殺して回りたいくらい嫌いだったけど、それが実現するだなんて。
……ただ、空虚な気持ちしかなかった。
勝利感も喜びも、何もなかった。
虚無。
虚無。
今の状況と感情は、これが一番合う。
「僕は君の夢を叶えてあげたのに?」
僕が死体を踏みつける。
ぐじゃっとなんとも気味の悪い音が響いた。
「こうしたかったんじゃないの」
僕が笑った。
「嫌いだったんでしょ?殺したかったんでしょ?」
笑う。
もう一人の僕は嘲う。
「こんな風に、殺したかったんでしょ?」
その手に握られていたのは死体の首で、確かにその顔には見覚えがあって。
元はヒトの形をしていたそれには、確かに命があったはず。
「この子も」
死体の、その顔は、なんとも不気味だった。
眼球がえぐられて、そこには空洞な穴だけがあった。鼻の骨は折られて、
顔のバランスが妙な感覚を産んでいた。
「裏では僕のことを笑って蔑んでたよね」
その手から、首が落ちる――
「馬鹿にして……笑ってたよね」
落ちた首が地面に落ちた音を響かせるのも許さず、もう一人の僕はその首を勢いよく踏みつけた。
「今はこんなだ。……ほら、もう僕のことを笑えない」
気味悪い音がなくなり、辺りが静まり返った。
ふと、『僕』が、口を開いた。
「……コレが、僕の望んだ幸せだよ。」
「……。」
「黙ってるんじゃないよ。どう?願いが叶って」
僕は僕を見つめたまま、何も言うことが出来なかった。
……見渡せば、街は紅く燃えていた。
いや、燃えてるんじゃない。
血が紅く染め上げているんだ。
街を。
夥しいほどの……血で。
「全て殺すことが僕の願いだった」
もう一人の僕は、気持ちよさそうに笑った。
「殺すことが快楽と知っていて、僕は何もしなかった」
僕は、もう反論できない。
「皆死んでしまえば自由になれるのに……僕一人になれば」
いつの間にか、もう一人の僕が歩み寄ってきた。
「言葉だけじゃ何も適わないのに?」
動けない。僕はまるで金縛りにあったように、差し伸べられる白い手を見つめていることしかできなかった。
「結局僕は偽善者だから、規則を破れなかったんだ。平穏、そんな規則を」
彼は笑う。
残酷な笑みで。
この世のものとは思えない笑みで。
「生きて行けないよ」
「………?」
彼は言い、僕に触れてきた。
「偽善者が生きる世界じゃないんだ……ここは、僕の世界だ」
偽善者……。その言葉が重く感じる。
「欲望、憎悪、それに忠実に生きる者だけが生きる世界なんだから」
……君のように怯えて何も出来ない人間は生きることが出来ない……
冷たい目が僕をじっと見る。
「哀れだよね……?」
僕は、彼の手に光るものを見た。
「願いが叶っても死んでしまうんだ……哀れだよ」
彼は笑った。光るものが真っ直ぐ僕を睨み据えて。
「偽善者なんかでいるから、こうなるんだよ」
そのまま僕の胸を貫いた。
「………。」
声が出せない。痛みもない。
ただ、
ただ意識だけが、薄れていく。
「正義なんてものを心の隅に持ってなかったら、生きる資格があったのにね……」
彼は呟いたが、もう僕はしゃべることはない。
彼の笑いを受けとめているだけだ……彼の足下に転がって。
地面を赤く染めながら。
僕にとっての幸せってなんなんだろう。
僕にとっての幸せ。
それは何?
「生か死か、それだけは二択しかないんだよ?」
第三択の答えなんて導き出せやしない……
……この世に幸せなんて存在しないのだと、僕の耳元で囁いた。
僕の目と、僕の姿を持った僕でない彼は。
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